江口香奈子|向田邦子とわたし

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向田邦子とわたし

江口香奈子
2013年02月14日

大それたタイトルである。自分でも呆れている。
断っておくと、著名な脚本家の向田さんとわたしとは何の姻戚関係師弟関係、面識もない。なのに臆面もなく、この大胆なタイトルである。

「最近観たお芝居、映画、読んだ本、何でもいいですよ」
このエッセーを頼まれた時そう言っていただいた。

そこで考えるに、まず、年末に「獺祭」というお酒をいただいた。山口の銘酒らしい。「獺祭」→「獺」→小説『かわうそ』と浮かび、向田さんの直木賞受賞作を読み返した。
その2。『文藝春秋』正月号に鴨下信一さんの「向田邦子 サイン会の包帯」という短文が掲載されており、面白く読んだ。
その3。その2日後に本屋で向田和子著の『向田邦子の恋文』が目にとまり購入。

ここまでくると、「これもご縁だ」と勝手の思いこみ、このタイトルとさせていただいた。

向田さんの作品は、「阿修羅の如く」や「あうん」が印象に残っているが、その他にも、脚本云々があまり言われていない時代だったため、それと知らずに見ていた作品がかなりあるようだ。
エッセイや小説はほとんど読んでいる。
それだけ読んで、離れられずに何度も読み返しているのに、好きかと言うと、「どこか嫌いだ」と思う。

何故か。

向田さんがあまりにも女性の本性、それもあまり好ましくない部分、つまり女性のずるさやいやらしさ、計算高さを容謝なく描いているからかもしれない。同じ女性としてあまり触れられたくない部分をズバリ指摘されて、自分自身の内を照らし出されたようで居心地が悪いのだろう。それだけ、向田さんは冷徹な目で女性を見、描いている。

そんな怖ささえ感じる向田さんだが、性格はかなりおっちょこちょいで、失敗談も多いようだ。この辺りでわたしと随分近くなる。妹の和子さんの本や久世光彦さんの『触れもせで』などに詳しいが長女でしっかりものでありながら、どこかぽっかり抜けている所が多々あったらしい。
この“ぽっかり”の部分に妙に親近感を覚える。因みにわたしも長女である。自分ではしっかり者と思っていたのに、友達から「天然だ」と指摘され、それは違うと否定してもらいたかった他の友人に「確かに総天然色だ」と笑われた。
才能、品格、教養等々違う点が多いにも拘わらず、どこか似ていると向田さんを勝手に引き寄せて悦にいっている。相手としてはご迷惑な話であるが……。

先に触れた『文藝春秋』で、鴨下さんは向田さんの悪筆に悩まされたと記していた。向田さんの原稿「イヌの日に腹帯」を「イヌの目に眼帯」と読んで怒られたが、「本人が悪い」と断じていた。

妙な自慢だがここも似ている。わたしは、一応書道の段を持っていながら、丁寧に書くということができない。ものを書き出すと、「思い余って言葉にならず」ではないが、書きたいことに筆がついていかず、ものすごい殴り書きになってしまう。思いついたフレーズなどメモにしても、後で判読するのに苦労する。この間も「兎の話しが〜」と書いたつもりがどう見ても「鬼の話しが」としか読めず、鬼のなんの話しだったっけと首をかしげてしまった。

さらに、エッセイ集『夜中の薔薇』にあるように、「巡る杯」を「眠る杯」と思い込む、「野中の薔薇」はなぜか「夜中の薔薇」になり不気味だった等々、向田さんの思い込み・早とちりの類は挙げればきりがなかったようだが、これにも妙に納得してしまう。

わたしの場合、「兎追いし〜」の歌を「兎恋し」と覚え込み、「そんなに兎を好きな人だったのか」と感心したり、「早春賦」の「春は名のみの」を「なの実ってどんな実かしら?」とトンチンカンな疑問をもっていた。
そして同じような勘違いを公にしてくれた向田さんに感謝したが、その勘違いを材料に後年まで残るエッセイを一つ書きあげてしまう人と、「わたしだけじゃなかった」と胸をなで下ろして終わってしまうのが凡人と才人の違いだろう。十分自覚している。

そんな向田さんの〈秘められた恋〉の手紙を公表したのが妹の和子さんの『向田邦子の恋文』である。

今ならメールのやりとりですませる所を、缶詰になっているホテルから相手に宛ててこまめにハガキを送っていた。とても純で可愛らしい。それが活字になっている。
ご本人としては、そんな生の姿を死後公表されるのは意に沿わないだろうが、有名人としては仕方のないことかもしれない。
きっと「さんざん家族のことを書いてきた自分への手痛いしっぺ返しだ」と思っていらっしゃることだろう。

その本で和子さんが「我が家には危うい時期があった」と記している。向田さんのエッセイでは「厳格でうるさい」と繰り返し書かれていたお父さんが、「よそ見をして」家をでていた時期があったらしい。
こうなると、『阿修羅の如く』や小説『胡桃の部屋』などに描かれた父親そのものである。そしてその時期、家族を支えるべく、向田さんは毎日何本もの締め切りを抱え、まさに〈阿修羅の如く〉孤軍奮闘していたらしい。
『胡桃の部屋』の主人公桃子は自分のやりたいことも捨てて、“桃太郎”と渾名されるくらい家族のために仕事をし奔走するが、その姿は向田さんそのものだったのだ。

コラムニストの山本夏彦氏が向田さんを「突然あらわれてほとんど名人である」と評したが、けっして「突然」ではないと思う。
この30代の頃の、ほとんど修羅場とも言える毎日が彼女の修行の場だったのではないだろうか。

ちまちまとくだらない類似点を挙げても、やはり似て非なるものである。才能や教養もさることながら、そんながむしゃらさがわたしの人生には欠けていたと痛感する。
ただ喜ぶべきはまだこちらには生があるということ。
少しでも大きな山の足元に近づくよう、がむしゃらに頑張ってみよう。

これだけ語って「向田さんを嫌いだ」と言えば笑われる。
やはりわたしは向田邦子に憧れているらしい。

やっと我が家の紅梅が咲きました 平成25年2月12日 
(やっと我が家の紅梅が咲きました) 

次回は、荒木弘子さんにリレーします。
シナリオを始めた当初からの仲間です。

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