第5回 南のシナリオ大賞 結果発表

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第13回南のシナリオ大賞原稿募集

第5回南のシナリオ大賞 結果発表

南のシナリオ大賞 (副賞 5万円)
「西から吹く優しい風」 いとう菜のは (名古屋市)

福岡県知事賞
「カメラシャイ」 柳 光博 (広島市)

福岡市長賞
「おばあちゃんのほっぺ」 岡庭さつき (東京都品川区)

佳作4編
「十八歳の稜線」 横葉紫彦 (福岡市)
「出来心」 中村弘文 (福岡県)
「タクシーカウンセラー」 谷 亜佑美 (奈良県大和郡山市)
「百年の砂虫」 津川有香子 (大阪府堺市)

一次選考通過作品
「敵艦見えず」 北澤 博 (東京都)
「ちゞみ 夜空に咲く向日葵のように」 木村剛士 (福岡県古賀市)
「南の神の島」 鵜飼うるふ (大阪府牧方市)
「行き先のないバス」 黒岩寿子 (福岡市城南区)
「夕日を追いかけて 黄昏のビートルズ」 岡庭さつき (東京都品川区)
「屋根裏のカボス蜜」 岡庭さつき (東京都品川区)
「八月九日 小倉上空」 武田康成 (愛媛県松山市)
「泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ」 西本慎哉 (東京都杉並区)
「夏休みの話」 折田将一 (鹿児島市)
「写真の記憶」 八重瀬けい (福岡市)
「福岡発最終便」 秦 紀美子 (福岡市)
「海のある町」 梅野美穂 (福岡県柳川市)
「ハイビスカス・ホテル」 城 里左 (千葉市)
「わたしと庭師とほだし」 池山 健 (鹿児島市)
「星と船のアクアリウム」 石川琴巳 (秋田市)

応募総数:89編(2011年8月31日締め切り)

文化庁「九州・沖縄から文化力プロジェクト」参加事業
後援:福岡県、福岡市
主催:日本放送作家協会九州支部

最終選考会
2011年9月24日、福岡市中央区天神の天神エコール
審査委員: 盛多直隆、皆田和行、副島 直、香月 隆

審査の詳細はこちら > 南のシナリオ大賞 選考会ドキュメント

第5回南のシナリオ大賞 表彰式

第5回南のシナリオ大賞表彰式

日時:11月27日(日)13:15〜15:40 場所:福岡朝日ビル

表彰式列席者(敬称略)

いとう菜のは(南のシナリオ大賞受賞)
岡庭さつき(福岡市長賞受賞)

ゲスト
江口香奈子(第1回南のシナリオ大賞受賞/第3回佳作受賞)
荒木弘子(第1回佳作受賞)
朝霧けい(第1回佳作受賞/第3回佳作受賞)
本山久美子(第4回福岡市長賞受賞)

日本放送作家協会九州支部
盛多直隆、副島直、古川渉、丹瀬遙、篠原敬子、香月隆

第5回南のシナリオ大賞表彰式

南のシナリオ大賞 「西から吹く優しい風」 いとう菜のは

写真 南のシナリオ大賞 いとう菜のは氏受賞者のことば

いとう菜のは(名古屋市)
どこにでもいるごく普通の女の子の他愛もない会話。なんの派手さも持たないこの小さな世界に「大賞」という栄誉をいただけたことを、とても光栄に思います。
お天気は、西からやってきます。
だから九州地方が晴れマークの時は、とても嬉しくなります。
「あ! 今週末は晴れる♪」
本当の幸せって、こんな他愛もないことなのかもしれません……。


「西から吹く優しい風」あらすじ
高校の同級生でもあり、現在は同じ会社に勤める水野絵梨と川俣ユキ。ふとしたきっかけで、絵梨は結婚を控えたユキとともに旅行に行くことになった。
行き先は、まだ見ぬ九州、嬉野温泉。
だが、実はユキにとっては初めての場所ではなかった。父親と別れる2才の時まで、住んでいた場所だったのだ。
結婚に対する漠然とした不安を抱え、悩んでいたユキ。絵梨は、ユキが幼い頃に見た風景を探して、レンタカーを走らせる。
半信半疑で訪れたその場所には、有田焼の唐草模様が描かれた、陶器製の鳥居が立っていた。絵梨は、ユキの幸せを願う見えない思いがここに導いて祝福してくれたのだと、ユキの不安を払拭する。
そしてある晴れた日曜日、ウェディングドレス姿で輝く、ユキの姿があった。

福岡県知事賞 「カメラシャイ」 柳 光博

写真 福岡県知事賞 柳 光博氏受賞者のことば

柳 光博(広島市)
南のシナリオ大賞はとてもありがたい賞です。15枚という簡潔さのお陰で、物語を1つの要素に絞って語れるし、それがちゃんと機能しているかを『選考ドキュメント』を通して把握できるからです。表現したいと思っていた要素が、きちんと伝わっていたことが、なによりも嬉しかったです。ありがとうございました。(ちなみに写真は僕が8歳くらいの頃のものです。僕もカメラシャイなんです、本当に)


「カメラシャイ」あらすじ
冬の空を見ながら、水希の祖母は死んだ。
生前から極度な写真嫌い(カメラシャイ)だった祖母の写真は一枚として残されていなかった。しかし祖父の清志はそれでも、妻の顔を忘れないために日夜、アルバムを捲り、妻の顔を探し続けた。
家の中に妻の写真は一枚もないことを知った清志は、故郷・長崎県へ、妻の写真を探す旅へ出ることにした。60年前に妻とともに上京した時と同じように、自らの腕で車を運転して。
10日間のドライブ旅行の最中に、水希は祖母が写真嫌いになった理由に、原爆が絡んでいることを初めて知った。顔に火傷を負っていた祖母は、自分一人が写真の中で上手に笑えないことを、長く気に病んでいたのだ。
長崎に着いた2人は、祖母の母校である旧高等女学校の教室の壁に、14歳の頃の祖母を描いた油絵を見つけた。原爆が落ちる前の祖母は、可愛く笑う少女だった。

福岡市長賞 「おばあちゃんのほっぺ」 岡庭さつき

写真 福岡市長賞 岡庭さつき氏受賞者のことば

岡庭さつき(東京都品川区)
半分は九州・大分県の血を引いている私。長い間、とことん努力しても結果が出せずにいた私にとって、「南のシナリオ大賞」との出会いは、単なる偶然ではなく、運命的なものを感じます。
「報われない努力なんてない!」
おかげさまで、今はそう信じられます。心から、ありがとうございました。


「おばあちゃんのほっぺ」あらすじ
シズ(85)は、宮崎県の日南地方で一人暮らしをしている。東京で働いている娘からは、上京するよう促されているが、ふるさとを離れる気にはなれない。電話で話せばいつもそのことでケンカになってしまう。
シズの仕事はリゾートホテルの大浴場の掃除。大親友のヨシエ(85)と共に25年間続けて来た。午前三時からの掃除が終わると、次はヨシエのビニールハウスで宮崎マンゴーの栽培を行う。収穫した真っ赤なマンゴーは『おばあちゃんのほっぺ』を名付けられ、ヨシエの孫娘がインターネットで販売している。ここ数年のブームのおかげか大好評で、ちょっとしたお小遣い稼ぎができた。
そんなある日、ハウスが荒らされ、収穫期の実が盗まれてしまった。ヨシエは気が狂ったようにシズを責め、『家族に見捨てられる』と嘆き、駆け出して転倒。大腿骨を折る大けがで入院してしまう。
毎日一緒だったヨシエの入院。心配で心配で、シズは何とか病院に駆けつけるが、そこには孫たちに囲まれて和やかに笑うヨシエの姿があった。初めて感じる孤独感にシズはとまどう。
ふるさとを離れるのはつらかった。しかし、一人暮らしを気遣ってくれるヨシエや、離れた場所で自分を心配している娘のためにも、東京へ行こうとシズは思った。そして娘と共に暮らしたいと願う自分を感じていた。

第5回南のシナリオ大賞受賞作品(ドラマとシナリオ)の
インターネット公開は終了しました。

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