本山久美子|花びらのしみ

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花びらのしみ

本山久美子
2013年12月22日

私は、やさしさを持ち合わせることなく生まれて来た人間だ。

それは小さい時からずっと思っていたことで、恥ずべき事だと自覚していたから、そんな自分が嫌で嫌で堪らなかったし怖かった。

だからといって、やさしい人間を装うこともできない鈍臭い子供で、とにかくこの事は一生隠し通して生きて行くしかないのだと小学生の私は思っていた。

卒業式を数日後に控えたある日のことだった。
担任だった定年間近の女教師は、クラスの皆に色紙を渡し、思い思いに花を描かせるという授業を行った。
描き終わった色紙には、書道の師範でもある女教師がはなむけの言葉を書でしたためてくれるという卒業記念制作のようなものだった。

私は女教師が用意した数種類の花の中から白いユリの花を選んで描くことにした。清らかで凛としている姿が気に入ったのだ。
しかしいざ描こうとして近くで見ると、その花びらにはたくさんの赤黒い斑点があることに気づいた。
それは白い肌に浮き出たしみのようで気味が悪く、直感的に「この斑点は描かないでおこう」と決めた。
けれど描き進めるうち、私はそのしみの一つ一つを写し取ることに夢中となってしまった。気がつくと色紙の中のユリは、思い描いたモノよりもずっと毒々しいモノに変貌していた。
「違う。こんなんじゃない」
私はパレットに白の絵の具をしぼり出した。
そして赤黒いしみの一つ一つを塗りつぶし始めた。

花びらを真っ白に塗りつぶし終えた頃には、クラスメイトの大半が描き終えた色紙を手に女教師の前に列をつくっていた。
遅れてはいけないと、まだ半乾きだった色紙を手に私も列に並んだ。
一人一人が描いた様々な花の横に、女教師はすらすらとはなむけの言葉を書いていく。どれも旅立ちにふさわしい言葉で、席に戻って行くクラスメイトたちの顔は皆、笑顔だ。

順番を待つ私は極度に緊張していた。
私はずっとその女教師に得体の知れない畏怖のようなものを抱いていたからだ。女教師は片目の視力がほとんどなかった。
小学生の私は、そのどこを見ているか分からない片目をいつも恐れていて、女教師とまともに会話をすることができないでいた。
時折、見えていない片目を盗み見ていると、決まって女教師は私の視線に気づくのだった。

私の番が来た。
色紙を差し出すと、女教師はゆっくりと筆を墨汁に沈め、私の描いたユリの花を吟味するように眺めはじめた。
私は焦りはじめた。
さっき塗りつぶしたはずの赤黒いしみが、うっすらと浮き出て来ているような気がしたのだ。
女教師はそんな私の焦りを察したかのように、こちらを見てほほえむと、筆先を色紙に下ろした。
女教師が書いたのは「優しさ」という一言だった。
書かれた瞬間に心臓がえぐられた。
その感覚を今でもはっきりと覚えている。
この女教師は私がずっと隠していたことを知っていたのだと思った。
あの見えない片目で、ずっと私のほんとうの姿を見ていたのだと。

もう二十数年前の話だ。
思春期にありがちな一方的な記憶だったのかもしれない。

私は大人になって、たくさんの人と出会った。
そして人はやさしくなくても生きて行けることを今では知っている。

先日、八十代後半となっていた女教師が亡くなったと、人づてに聞いた。
私は悼むというよりも、ほっとした。
私の秘密を知っている人間がいなくなったからだ。
でも同時にこんなふうにも思った。

ほんとうの私を知っている人間は、もうこの世にはいないのだと。

私は今でもやさしさを持ち合わせていない人間だと思っているし、私が人にやさしくできないのは、私自身の人との関わり方に起因していることも感づきはじめた。
だからやっぱり、それを隠しながら生きて行くしかないと思っているけれど、それが私なのだということを誰かに知ってもらいたい。
今はそう思っている。

花びらのしみが今でも怖い。

2013年冬

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