荒木弘子|絵本から世界へ、インフレーション

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絵本から世界へ、インフレーション

荒木弘子
2013年03月10日

「絵本の表紙、白ロシア民話ですか?」
先日、こんなメールが舞い込んだ。
私が所属する小学校の読み聞かせボランティアのメンバーからだった。
『ガラスめだまと きんのつののヤギ』という2年生に読み聞かせする絵本が、「白ロシア民話」と表記されているものと、そうでないものがあるらしい。

さっそく表紙を見てみる。
深い森の水辺に、青く光る目と立派な金の角を持ったヤギが一頭、楽しそうに足を踏みならしている。ヤギの足下には可憐な白い花。スズランだろうか。その右下に「白ロシア民話」とある。
「白ロシア」というと、ソビエト連邦が崩壊して名前が変わった国の1つだ。学生時代には、試験対策用に世界地図を片手に世界中の国名を暗記したが、あれから世界はがらっと変わり、せっかく覚えた国が幾つもなくなってしまった。世界の地図がダイナミックに変わった頃はもう受験とも関係がない年齢になっていたので、未だに私の記憶の書き換えはうまくいっていない。
白ロシアって今の国名は何だ?
そう思っているとまたメールが入ってきた。

「出版社に確認しました。今はベラルーシ民話と表記を改めたそうです」
そうか、ベラルーシだったのか。あまり馴染みのない国だ。
ベラルーシはヨーロッパの東にある。バルト三国のリトビア、ラトビア、そしてポーランドよりも、さらに東の国だ。
南はウクライナ、北東はロシアと国境を接している。
確か美人が多い国だと聞いたような気がする。そんなあやふやな記憶を探っていると、間をおかずベラルーシの続報が。

「国土は日本の約半分。人口は950万人。大部分が低地で、国土の約半分が森林や湖などの湿地帯という自然豊かな国だそうです」

なるほど。絵本の表紙も、森と湖だ。だが。

「ベラルーシって、あのアメリカのブッシュ大統領から『悪の枢軸国』と名指しされた国の一つでした。それから、チェルノブイリ原発事故で、現在でも立ち入り禁止区域が設けられているみたいですよ!」
『悪の枢軸国』とは……。ヨーロッパにもそんな国があったのか。絵本の表紙のイメージからずれてきた。

調べてみると、1991年にソ連から独立、ベラルーシ共和国という国名になったのだが、初代大統領のルカシェンコは現在4期目『ヨーロッパ最後の独裁者』と言われる人物だ。奇人、とある。ガス代の支払いでロシアのプーチン大統領と大げんかした。

ベラルーシは、ソ連からの独立以前はロシア帝国の支配下にあった。さらに歴史を遡るとポーランド・リトアニア共和国とある。古代より人の住む地域で、戦争で他国の属国になったというよりは他民族が平和に共存してきた土地柄らしい。しかし、勢力拡大を目指すモンゴル帝国のヨーロッパ侵攻の通り道にもなっている。日本の元寇と同じ13世紀のことだ。

以前にも読み聞かせをしたことがあるこの絵本。
『おばあさんの麦畑にヤギが入り込んで、追いだしても出ていかない。クマやオオカミ、キツネにウサギがおばあさんに加勢したが、ヤギは強い。出ていかない。結局、小さなハチがヤギの鼻っ面をちくり。ヤギは泣きながら逃げていきました。めでたし、めでたし』の絵本が、こんな背景がある国の民話だったとは!!

絵本が好きな方には叱られそうだが、1冊の絵本から世界が広がった時、大人の絵本読みの醍醐味があると私は実感している。
麦畑に居座る憎ったらしいヤギがハチにやっつけられて、おばあちゃんがワインで乾杯している絵を描いたのは日本人の画である。
森に囲まれた湖の国、ベラルーシはいったいどんな国なのか。日本にベラルーシ料理店はあるようだが、日本からベラルーシを訪れるツアーはなかった。本場のベラルーシ料理とともに、一度は我が目で確かめてみたいものだ。

思えば、この我が目で確かめてみたい、というのがシナリオの世界に足を踏み入れることとなった原動力なのだ。

たまたま目にした新聞に、たまたまシナリオ講座の記事が載っていた。そこで、深い考えもなくシナリオ教室受講を申し込みしたのは、長編小説を2本書き上げて、出版社に送ってみた結果だった。当然のボツ原稿に、親切な編集者が講評を添えてくれていた。「会話になると冗長で、とたんにつまらなくなる」とあった。そうか、セリフか。これさえどうにかなればなんとか小説がかけるようになる、と単純に思った。
セリフが上手いってどんなことをいうのだろう。上手いセリフを書くのはどんな人なのだろう。
これを見たさにシナリオ世界を覗いてみた。
それから、気がつけば小説を書くために、ということはすっかり忘れて、シナリオの虜になった。今に至っている。

昨年、ベラルーシに福島から視察団が訪れた。
隣国で起きたチェルノブイリ原発事故による放射能汚染は深刻で、現在も立ち入り禁止区域がある。
放射線対策の先進地の知恵を福島に活かそうと、汚染地域の学校で住民や生徒らと懇談した、と記事にある。
国は違えど願いは同じだ。
どこの国の大人も子どもたちの未来のために必死の知恵を絞っているのだ。

また3月11日がやってくる。
黙祷を捧げたい。

平成25年3月

我が家の対岸は能古島
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次回は、朝霧けいさんにお願いします。
美味しい焼酎に詳しいシナリオの仲間です。

荒木弘子 プロフィール
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