日本放送作家協会 九州支部
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日本放送作家協会は、放送メディア文化の普及発展と国際的交流をはかり、我が国の文化向上に寄与することを目的とした一般社団法人です。九州支部には九州・沖縄で活躍している脚本家・構成作家40名の会員が在籍しています。
賀状の余白
「現在の旭川は晴れ、気温15度となっています」
機長の軽快なアナウンスが流れどこか重苦しかった機内は一瞬にして華やかな空気へと変わった。
シートベルトを外す頃には土砂降りの福岡空港を飛び立って来たことなどすっかり忘れていた。
到着ロビーを出た途端に俊敏な人に変身し、観光客で混み合うレンタカーの受付で釣り用の汚れてもいいクラスのワゴン車を首尾良く確保する。
ナビを道北の或る川に架かる或る橋にセットしたら出発だ。
ひたすら北に向かって走り続け、国道238に出る頃右手のオホーツク海に夕日が沈み始める。
助手席の私は日没のカウントを取りながらはしゃいでいるが、ずっと運転している夫は思っているに違いない。
「釣りなんか教えるんじゃなかった」と。
もう遅い、はまってしまったんだから。
北海道の夜明けは早く午前3時を過ぎ辺りが白み出した途端、無口だったナビは「目的地付近です」と素っ気なく告げ北の大地に放り出す。
目をこらし行く手を見渡していると朝もやに包まれた橋がぼんやりと形を表して来る。
やがて橋の中央にたたずむ黒いシルエットの人影がゆっくりとこちらに向かって近づいて来る。
二人は電流を浴びた様に車外に飛び出し人影に駆け寄って行くが、向こうはまるで毎日会ってる間柄のように「よう!」と手を上げ胸から外した双眼鏡を「ほら!」と手渡しながら川の上流を指さす。
のぞいた双眼鏡には遙か向こうの流れに無数のニジマスがライズし、ようやく出た朝日が水しぶきにキラキラと反射して釣り人の心を煽っている。
「お魚が待ってるよ。いこ!」と彼が号令をかける。
これが毎年6月中旬に北の釣り友と交わす再会の挨拶なのだ。
始めて彼に会ったのは1998年8月、道北に流れる渚滑川釣行の時だった。
その頃フライフィッシングに目覚めた私は九州山岳の渓流でヤマメと戯れることにあき足らず、映画で見た「リバーランズスルーイット」のような大自然の川で思いっきりラインを飛ばしニジマスとの出会いを楽しんでみたいという強い願望が芽生えていた。
そんなある日、たまたま訪れたフライショップで目にとまった一枚のパンフレットに魅入られてしまったのだ。
だが一応釣りの師匠でもある夫に声を掛けない訳にもいかず、かくして二人連れの渚滑川への釣行が決まったのだった。
北海道の川はゆったりと流れている様に見えて流心が強くひとたび足を取られると軽く数メートルは流される。
また40センチを超えるニジマスがフライ(毛針)にかかったとしても簡単に釣り糸を切って逃げられ、気が付けば二人共ボロボロになって川岸にへたり込んでいた。
その時「どこから来たの?」と声を掛けてきたのが彼だった。
九州の福岡から来たことを知った彼は「気の毒に、ついておいで」と、とっておきの彼のフィールドへ案内した。原野を駆け抜け車を降りたら大きなフキを足で踏み倒しながら彼の後を必死でついて行く。
余りの雄大さに恐れと不安が襲い始めた頃灌木の間を縫うようにゆったりと、しかし力強く流れる川が姿を現した。
彼の的確なアドバイスを受けその川に立った二人はたくさんの美しいニジマスとの出会いを果たした。
思いがけず願いを叶えた私はこれを「夢釣行」と名付けた。
だが、別れ際に彼は言った。ガイドも付けず北海道で釣りをするのは無謀だと。そして腰にぶら下げていた熊避けの鈴を掴みながら「カウベルでないとダメだよ」と言って明るく笑った。
それから毎年6月になると彼から「今がベストだよ」と連絡が入り私達の「夢釣行」はまるで生きている証のごとく続いていたのだ。
それは4年前の釣行の時だった。
「これからはもうガイドなしでも大丈夫だよ」といって寂しい笑みを浮かべ「健診でね悪い所が見つかって暫く治療することになってさ」とさりげなく彼は打ち明けた。私達はそれ以上の説明を求めることも同情も隠し、いつものように別れを告げた。
帰りの飛行機の窓からは、ようやく大地を覆い始めた夕闇の中に鈍く銀色に浮かび上がる幾筋もの川がもの悲しく広がっていた。
その翌年から私の時間は緻密になった。
娘の出産や不定期に訪れる孫の世話、年老いて来た親の介護。
いよいよ私にも人生の折り返し地点を過ぎた者が果たすべき役割の時が来たのだ。
そんな慌ただしい日々を過ごしながらふと口ずさむ歌がある。
秋元康作詞・見岳幸作曲「川の流れのように」だ。
ビートルズを聞きながら育った世代の私は歌謡曲は苦手のはずなのだがどうもこれは別格らしい。
それは今の私への応援歌でもあり、口ずさんでいるといつの間にか北の釣り友を励ます歌にもなっているのだ。
今年もまた印刷されただけの年賀状が彼から届いた。
余白の部分に書きたかった多くの言葉を読み取り、私達も印刷されただけの年賀状を送る。
彼も読み取る筈だ。余白の言葉を。
またいつの日かあの橋の上で会いましょう。
きっとその日が来ると信じて。
おわり
次回は多方面で活躍されている鈴木新平さんにリレーさせて頂きます。
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