鈴木新平|屁こきぶんぶん

日本放送作家協会九州支部 会員リレーエッセイ

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屁こきぶんぶん

鈴木新平
2013年04月22日

「バッチャ、ビチャ!」
「くせえー」

悪臭を放つ臭れ玉子が顔面直撃!
川向こうの距離30メートル先からプロ野球選手なみの剛速球が情け容赦なく、何発も俺の顔や身体に当たり、飛び散る。
ツーンとすえた匂いは鼻と唇を歪めさせ、糞尿を思わせてそれは、胸元に幾筋も流れ落ちてきた。

「クソたっれがァ!」
「やーい! やーい! あっははは……」

こうして夏の陽射しの下。
川を挟んでの少年たちの腐れ玉子のぶつけ合いが始まった。

何故か腐った玉子の匂と映像は、少年時代のセピア色の懐かしさとともに、身体の何処かで今も生き続けている。

「気持ちいい!」

素っ裸になって臭れ玉子がまとわりついている身体を川の水で洗い流す。卵を投げ合った仲間と今はすーい、すーいと蛙のように川面を泳ぎ、鯨の潮吹きのごとく水を掛け合っている。

強い雨がザーと降ってきた。夕立だ。
番長もケラも、カッパもなみ公もきーみも、よし公も金太もみんな踊るように走る。堤の横に、無造作にゴロンと放置された高さ1メートル程の土管の一つに向かって一目さんだ。

潜り込みながら、
「臭せえ! 臭せえ!」
「お前の方が臭え!」
「ちんちんも臭せえ!」
「あははは……」
スッピンの少年たちのあからさまな笑いが土管を包む……
五〇年前のなつかしい一こまだ。

「おい、さっきから何ニヤついてるんだ。さっ、飲みな。久しぶりだろう豊山に帰って来たの? 二十年振りか? もっとかな?」
「ああ、冠婚葬祭でもなけりゃ帰って来ないし、最近それもないな……」
「もう六〇だなお互いに」
「早いもんだ」
「明日はお待ちかねのお伊勢参りだな、泊りつきの。ドンチャン騒ぎやらかそうぜ! 女どもがいるから、昔のようにフルチン踊り。と言うわけにはいかねえがな。ははは……」

「フルチンかあ……」

久しぶりの故郷。
名古屋市の郊外にある小さな町に残っている風習。
「還暦の厄除け」行事に参加するために、故郷に帰ってきた。

昼食会の会場には元少年少女たち合わせて四〇名程の人間が当然のごとくタイムスリップして、五〇年前の今に嬉々として戯れ合っている。

禿げた頭をテカテカさせてるのは、おむすび顔の元番長。今では町会議員で、議長も兼ねているそうだ。
カッパはJAの課長。スケベーな顔に磨きが掛かっている。
なみ公は近郷の市役所員で、養子に入ってグーたらさせてもらっている、と黄ばんだ歯を見せての本人の弁。
きーみはヤクザに追われて行き先不明。土地絡みの大金を手にしての逃亡を続けているようだ。シナリオライターが喜びそうなネタだ。
よし公はある日こたつにうつ伏せになって死んでいたが、妻は様子がおかしいと思いながら一週間も一緒に暮らしていたという。
「かみさんの方がよっぽどおかしいや」と酒に少年時代を映しながらケラがいう。けらは大の巨人ファン。ある時、巨人選手からもらったというサインボールを見せつけていたが、その字は丁寧に書かれてはいるが、けらの字だった。
金太は音沙汰なし。あいつは小学校の時から雲隠れが上手かった。

「おまえ、芝居やってるんだって?」と、かっぱ。
「ああ、劇団作って、台本書いて、演出してる」
「へえ、昔は当てられたら顔を真っ赤にして、冷や汗たらりの、本を逆さまにして読んでいたチビ助のお前がねえ」
横から番長が「本当に? どうした、どうした? アッ、ドッキリカメラの話? あの真似して女どもから袋だたきにあったこと有ったな…。」と、言いながら俺の顔をまじまじと見る。
自分の方がよっぽど役者向きだと狸腹を支えて笑う。
なみ公が真顔で「きーみは殺されてるかも知れんなあ。純だったのになぁ……」 お役所的表情で言う。

「覚えてるか『屁こきぶんぶん』」
両手にビール瓶を持ち、継ぎ足しながら懐かしそうにカッパが言う。
「ああ、夕立を避けるために土管に逃げ込んだら、すごい数のかめ虫がいたなあ」
「よせばいいのに裸足の足でふんづけてさあ」
「その上、背中にくっついてる奴まで叩きつぶすんだから、身体中、臭い、臭い! ははは……」
「みんなもう一度川に飛び込んで…… フルチンでさ」
「アオダイショウが泳いで来て」
「逃げた逃げた!」
元少年たちの話は尽きない。

「屁こきぶんぶんかあ……」

俺は今、 どんな臭い匂いをまき散らして生きているんだろう。

「屁こきぶんぶん」

おわり

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